おじいちゃんの声は何故大きいのでしょう [話す]
昨日の川合玉堂展で、車椅子に乗って見に来ているおじいちゃんがいましたが、連れの人に大きな声で話しかけていました。(連れの人は普通の声、或いは、やや小声)
「おじいちゃんは耳が遠いので、自分の声も相手に届いていないと思って声が大きくなる」との説明をこれまで受けていたような気がします。(おばあちゃんでも同じ。以下同文)
音を聞く際には、耳から入ってくる外の音と、骨伝導で聞こえてくる自分の発する音との二つがあるわけですが、これを考えると、骨伝導の自分の声も小さく聞こえているということでしょうか。
相手の声が小さくても、自分の声が大きく聞こえてくるならば、「もっと大きな声で話してください」と言いつつ、自分の声は標準レベルの大きさのまま留まるでしょうから。
骨伝導であっても、最後の部分は外からの音の聞き取りと同じメカニズムで、よって、どちらも小さい音に聞こえてしまうと言うことでしょうかね。
ところで、展覧会に来ていた女の子(二歳くらい?)も大きな声でお父さん/お母さんに話しかけていましたが、これは何故?
謎は深まるばかり。。。。
飲み会 [話す]
金曜の夜は、コスモピアさんの声かけによる、「ツル先生&柴ちゃん: 合同オフ会」に参加しました。
「ツル先生&柴ちゃん」と言うのは、「リーダーの英語」の共著者の、鶴田 知佳子さんと柴田 真一さんのことです。
柴田さんはポリグロットから「実践金融英語講座」というメルマガを出していて、私もかつて同じポリグロットから「実践金融イタリア語」「実践金融フランス語」のメルマガを出していたことから、以前から顔見知りでした。
ということで、今回は柴田さんに会うために行ったのでした。
オフ会は25名ほどの参加者で、みなさん基本的には英語の方でした。
通訳翻訳ジャーナルで私の記事を読んでいただいた方が1名いらっしゃいましたが、まだまだ私のこのブログは全く知られておりませんでした。
(すこしおちゃらけを減らして、真面目な内容に特化しようかしらん)
語学関係も何か目標が欲しいなと思っていて、先日家に届いたインタースクールのパンフレットなど最近見ながら「通訳の勉強をやるか」と思っていたこともあり、鶴田さんにごあいさつをしに行きました。
すると、なんとっ!!
鶴田さんとは同じ時期にミラノにいて、同じビルの上下の階で働いていたことが分かりました。
共通の知人の話題で、しばらく盛り上がりました。
来週土曜日の東京外国語大学でのイベントにお誘いいただきました。
参加検討中です。
パンフレットはこちら(pdf が開きます)
正しい敬語の使い方 [話す]
就活の時期だからでしょうか、正しい敬語の使い方に関する本が目につくような気がします。
敬語がきちんと使える人は、素晴らしいと思います。
他方、敬語というのは、決め事に基づいての表現なので、相手が同じルールに則っていない時には効果がありません。
正しい敬語を使おうと心がけている人が人口の一割しかいなくて、残りの九割の人が無頓着だったとしたら。。
敬語を使ったとしても、相手が敬語を分かっていないという事態も想定されます。
逆に、「よそよそしい変な日本語を使う人」というレッテルを貼られることもあるかも知れません。
ジョギングを始めてからFMラジオをよく聞いていますが、出演されている方の言葉遣いに時々拒絶反応が出ます。
NHKで育った古い世代なので。
マラソン [話す]
今日は、新宿シティハーフマラソンでした。
CFA友の会のランニングおやじさんに、今回は完敗。
そもそも練習不足で、17km位で足が動かなくなったのですけれど、ハーフマラソンでトイレに三回も行っちゃあいけないですね。
男子トイレはさながらF1のタイヤ交換のような感じで、私はどんどん抜かれていきました。
みんなちゃんと●●●●振っているかぁ?手は洗っているかぁ?
マラソンは、今までに走ったことがない人がいきなり走れと言われても、それは無理な相談ですが、過去に走ったことがあってしばらくブランクがある人であれば、ちょっとやれば走れるようになる気がします。
外国語においても、似たようなことがあると思います。
街で外人さんにいきなり話しかけられると慌ててしまってうまく話せないのですが、それは慣れの問題で、時間が解決してくれる部分もあるのではないでしょうか。
(自分が話せないのは、外国語が出来ないから話せないのか、ちょっと錆び付いたから話せないのかを見極める必要がありますが)
仕事で英語を割と使っている私であっても、出張などした時に勘が戻ってくるのには、やはり半日程度かかります。
最近ほとんど使わないイタリア語や、生活で使ったことのないフランス語に至っては、もっと時間が掛かるでしょう。
単語はどんどん忘れてしまっています。
使わない単語は忘れるのは仕方ありません。
また使い始めれば覚えることですから、放っておきましょう。
ちょっとやればまた戻るということが分かっているのであれば、多少ホコリがかかったからと言って、即座に掃除をしなくても良いのでは無いでしょうか。
かなりホコリが溜まってきて、さすがにこれはまずいとなった時にやれば良いと思います。
(これが理由で私の自宅の書斎がかなりほこりを被った状態まで放置されているということもあるかもしれません)
ここではアウトプット能力の話をしています。インプットは(アウトプットと比べると)抵抗無く続けることが出来るので、継続してやっています。
(注)少なくとも私のやった英仏伊の三者の間には、アウトプットの共通の仕組みがあるような気がします。
カミンズの氷山の法則に関して、話すという点に於いては、非常に共通する部分があるような気がしています。
ただ、それが外国語に依存したアウトプット表現の部分なのか、論理的に論を展開するやり方なのか、あるいはその両方であるのかは、これから考えていきたいと思います。
イタリア語の夢 [話す]
今日は一日お休みをいただいております。
夢の中でイタリア人と議論していました。
昨日ブックオフで五冊本を買ったのですが、そのうちの一冊が、黒川康正「スキマ時間勉強術」でした。
黒川さんは、「国家資格三冠王(通訳ガイド、弁護士、公認会計士)」をキャッチフレーズに、たくさんの本を書いていらっしゃって、昔から注目しています。
高校の先輩だと知ったのはつい昨年のことでした。
そのうち県人会かどこかでお会いしたいと思っております。
さて、スキマ時間勉強術ですが、私の場合はスキマ時間は勉強できるのに、まとまった時間が取れると勉強できないという傾向があります。
一時間超のジョギングに行く時など、「このジョギングの間に勉強が出来たら」などと考えてしまいます。
外国語の学習において、インプット(読む・聞く)はわりと抵抗がないですが、アウトプット(書く・話す)になると、強い意志がないと取りかかれません。
その意味で、外国語で夢を見て、そこで会話が出来るのであれば、それはスキマ時間の有効活用であり、かつアウトプットの練習も出来て、非常に効果的であると思いました。
問題はどうやって外国語の夢を見るかと言うことですが。
パターンプラクティスは死んだのか 続 [話す]
とは言っても、私が英語ができるようになったのが、パターンプラクティスだけのおかげだと言うわけには行きません。
そこが外国語学習について語る時に問題となります。
純粋にパターンプラクティスだけをやらせて、長期にわたって観察するという実験は、時間もかかりますし、被験者の貴重な時間/外国語を学ぶ機会を奪うという点からは、実施が難しいのではないでしょうか。
私の場合も、英語についてはパターンプラクティスをたくさんやり、基本文の暗唱をやり、それらをベースにして、英作文の問題をたくさんやりました。
受験勉強の中の、この英作文が、後の話す能力につながったのだと思っています。
(その後の伊語や仏語では、そんなにパターンプラクティスをやった意識もなく、作文もやっていないのですが、英語で培った能力を仏語・伊語でも共有することができたということではないかと感じています)
見聞きして分かる単語、文法事項しか自分では使えませんから、まずは基本語彙、言い回しを覚えるのは避けられない道です。
また、「外国語学習に成功する人、しない人」にあったように、実際に話さなくても話そうとして頭の中で作文するのがアウトプットの能力向上につながるという点については、非常に合意です。
私が多用した、「ひとりごと」も、また、最近流行の兆しが出ている英語での三行日記も、同じ発想だと思います。
パターンプラクティスは死んだのか [話す]
私が中学、高校に通っていた頃は、LLの授業があり、パターンプラクティスをたくさんやりました。
NHKの英語講座も、そうでした。
そのような練習法はもう流行らないのでしょうか。
スポーツでは素振りや受け身やシュート練習など、型の練習をするのに、どうして語学だと抵抗があるのかと書いた人がいました。
抽象画で有名な人も、きちんとデッサンの勉強を積んだことでしょう。
アドリブの得意なジャズプレーヤーも、スケールやコード進行の練習をきちんとしたのではないでしょうか。
基礎がなければ応用が無いような気がしています。
自分がパターンプラクティスで基本文を身につけて英語ができるようになったと感じているので尚のことそうです。
「外国語学習に成功する人、しない人」に書かれていた、「臨界期仮説は人種の問題ではないか」という話が非常に印象に残っているので、現在のコミュニケーション重視のアプローチにも、何か裏があるのではないかと勘ぐってしまいます。
例えば、こう言うのはどうでしょう。
第二外国語学習というのは、米国で移民が英語を学ぶ過程について研究されている。
よって、中南米系、アジア系の移民に英語を教えるケースが問題になる。
国としては、移民がとりあえず英語で会話してくれるレベルに達すればOKで、それ以上伸びる必要はない。
よって、日常会話ができるレベル(こども英語のレベル)まで達する為の教授法として、コミュニカティブアプローチが出た。
第一回目の生寅の会に、米国の高校を卒業したばかりの男の子が参加してくれましたが、そこでは、EFLのクラスはコミュニケーション重視だけれど、フランス語やその他外国語のクラスは、読解中心で大量に読まされるというようなことを言っていました。
本当にそうであるならば、上の仮説が正しいことになります。
学習者は、自分が目指すのがこども英語なのかおとな英語なのかを明らかにした上で、学び方を決める必要があると言うことでしょう。
ジングルズ お試しレッスン参加報告 (更新) [話す]
21日木曜日、ジングルズの無料体験セッションに参加してきました。
会社のスケジューラーに、「渋谷ジングルズ」と予定を入れておいたのですが、みんながまだ仕事をしている中をこそこそと6時過ぎに出ていった私を見て、みんなは「渋谷ジングルズ」とは何だろうと、悩んだようです。
「渋谷シングルズ」と読んで、渋谷の独身の集まりに結婚指輪を外して参加しているのではないかと勘ぐって、「寅彦はひどいやつだ」と思った人が数名。
ネットで「ジングルズ」を検索して、納得してくれた人数名。
さて、「発音訓練は筋トレである」というジングルズのアプローチはまさしく私の考えるところです。
大げさな発音で筋肉を鍛えることで、普段の発音が容易になるというのも、納得のいくところです。
日本人一般の発音レベルを84とし、ネイティブを90としたスケールを設定しています。
その段階に応じたトレーニングを提供しています。
会場に行ってみると、お試しは私ともう一人の女性の二人でした。
代表のスティーブ・ウォーカー氏が登場。
英語で1から10まで、10から1まで発音することを求められます。
(one two three four は良くやりますが、ten nine eight seven はあまり使わないので、つっかかってしまいました)
そこでスティーブが点数を出します。
私は88.5点、隣の女性は87.5点。
どちらもかなり良い点数ということでした。
その後は、日本人女性のインストラクターによる模擬レッスン。
例えば、th の舌を噛む音を、舌の出し方を変化させて発音する練習など。
1ミリ、8ミリ、5ミリという風に、変化させるのですが、そのようなことこれまで意識したことがなかったので、手鏡を見ながらの練習です。
明太子舌の私は、8ミリになると唇との間に隙間が無くなって、音が出ないのでありました。
指導員は基本的にアメリカ英語で、(女性のきれいなアメリカ英語はとても可愛く聞こえてしまうと言うことはこの場合どうでも良いのですが、担当していただいた方が可愛い人だったと言うこともここではどうでも良いことなのですが)私のようなイギリス英語の場合は、スティーブのレッスンを受けるしかなさそうな感じでした。
この無料セッションに参加すると、「英語革命 ザ・ジングルズ」(1,200円+税)がもらえますので、お薦めです。
私自身はこの本をブックオフで買って興味を持って参加したわけで、今では手元に二冊になってしまいました。
早速アマゾンで売り払うことにしましょう。
目は口ほどに [話す]
日曜日。
夜9時半を過ぎてこらゴソゴソと2時間ランニングへ。
井の頭公園まで行って、3周して戻ってきました。
1週目 ベンチに並んで座っていたカップルは、2週目には彼が彼女の肩を抱き、3週目ではチューしていました。
続きを見たかったのですが、もう1周すると家までたどり着かないかと思って諦めて帰ってきました。
サンタクロース帽子をかぶった金髪のおねえさんが2人ベンチで盛り上がっていました。
足下にはワインのボトルが二本と、他のアルコールのビンも。
金髪のおねえさんを見ていて思ったのは、国際結婚カップルのことでした。
私がイタリアに行ったときには既に私は結婚していました。
美男美女の生産が世界一のイタリアに足を踏み入れた私は、「もしイタリアに来ることを知っていたら結婚などしなかっただろう」などという文章をイタリア語学校の仮定法の授業の時に連発しておりました。
(妻も同じ文章を作っていたかも知れませんが)
「アルバート・メラビアンという学者の論文によれば、人間どうしの日常的なコミュニケーションの際に、純粋に言葉のみによって伝達される部分はわずか七パーセントで、残りの九三パーセントは声の調子や顔の表情、身振りなどによって伝達されているのだという」白水Uブックス「屋根の上のバイリンガル」(沼野充義著)150ページ
所詮言葉など7パーセントだから、あとの93パーセントでカバーできると言うことなのでしょうか。
私が3周する間に接近していったカップルにも、ひょっとしたら言葉はなかったのかも知れません。
手を握って、肩に手を回して、見つめ合って。
目は口ほどにものを言い
口も無口な私は、目も小さめで、何も語ってくれません。
そうは言っても、私自身は決して国際結婚に踏み切らないだろうなあと言うのは、文化背景とか共有体験が理由でしょうか。(歳を取ってぼけた時に、外国語を忘れて母語だけになってしまうのではないかと思うこともありますが)
外国語を理解する際に、「単語+文法+背景知識」ということがありますが、言葉がないにしても、話のとっかかりに背景知識の共有というのは大きいと思います。
子供の時に仮面ライダーを見ていたとか、泳げタイヤキ君が流行っていたとか。
初対面の人と話をする際も、共通の話題を探そうとしますし。
などなど考えながら、三鷹台駅の南口。
三鷹バルという立ち飲みタパスバーがあります。
語学好きが集まる立ち飲みバーでもやりたいななどと思いながら、反対側に目を移すと、スーパーOdakyu OX
京王線の駅前に小田急のスーパーがあるのも違和感がありますが、お店の奥に、Delicatessen の文字が。
そして突然ひらめきました。
良く「デリカ」と略されていたので、「デリカ」+「テッセン」だろうと思っていたのですが、もともとドイツ語ですし、Delicat(ドイツ語ではDelikat) + Essen(食べる) ではありませんか!?
そして気持ちよく家に向かったのでありました。
三鷹バル
三鷹市井の頭2-14-8
言わなければ分からないこともあるのよね [話す]
夫「どうしてこの歳になって離婚したいなんて」
妻「結婚してから今まで、あなたは一度も『愛している』って言ってくれなかったわ」
夫「そんなこと。。言わなくても分かるだろうに」
妻「言ってもらわないと分からないこともあるのよ」
私も語学ネタで書きたいことが後から後からどんどん浮かぶのですが、考えるスピードと同じくらい早く言葉にすることはできません。
書いていないからといって、考えていないのでは無いのですが、みなさんにお伝えすることができません。
文才の無さ、考えをまとめる能力の欠如を感じるわけですが、文字メディアが(右から左か、上から下かは別にして)基本的に直線の記述となる一方で、蜘蛛の巣のようにあちこちに同時に考えが飛ぶわけですから、文字メディアにするのは難しいという根本的な問題もあります。
その意味でマインドマッピングを授業中のノート取りに使うべしとしたブザンはえらいです。
話を戻して、「言わなければ分からないこともあるのよね」の話です。
以前書きましたが、外国語の能力は、その人のアウトプットの能力でしか測定できないので、学習者の目も、アウトプットの能力をつけることに向いてしまい、インプットの強化が疎かになることがあるのではないでしょうか。
先日読み終えた「外国語学習に成功する人、しない人―第二言語習得論への招待」は、薄い本なのに高いなぁと思いつつも、第二言語習得論の立場から外国語学習の成功への鍵が書かれていて面白かったです。
その中に、クラッシェンのインプット仮説が紹介されていました。
「言語習得は、母語も外国語も言語内容を理解することによってのみおこる」というものだそうで、極端に言えば、言語習得そのものは話す練習をしなくてもおこるというものです。
確かに突然しっかりと話し始める子供の例があります。
他方、「テレビからは言語習得ができない」という反論も紹介されていました。
インプット能力の強化において、映像メディアは(映像の助けで意味が取れてしまうので音が取れていないことに気づかないまま流れてしまうリスクがあり)お薦めしないということは、これまで何度か書いてきましたが、ここで書かれているのは、仮にインプット能力がついて、全て聞き取れて理解できるようになったとしても、その後さらにアウトプット能力の強化にはつながらないということです。
著者は「インプット+『アウトプットの必要性』が習得のカギ」と述べます。
実際に話さなくても、話そうとして頭の中で文を組み立てるリハーサルをしていることでアウトプット能力が養成されると言うことです。
テレビのような一方通行のものではその訓練ができないということです。
語学学校や留学先で、(実際に発言しなくても)授業中に一生懸命回答を考えていることが役に立つと言うことでしょう。
話は少し変わり、フランス語の海外向け24時間テレビ放送が始まったというニュースが先日出ていました。
BBC や、CNN に対抗し、フランス語で海外に発信するというものですが、うれしいことにインターネットでもオンラインで24時間テレビを見ることができます。
サイトはこちら
海外にいたときは、私はものすごいテレビっ子でした。
生き残るためにニュースを熱心に聞きましたし、それ以外の番組も、アニメから通販からクイズ番組まで見まくりました。
どこかで話のネタに使えて助かることがあるかも知れないと思っていたのでしょう。
日本に戻ってほとんどテレビを見ないのは、基本的には生存の危機が小さいと感じていることかも知れません。
それもあり、日本に戻ってしまうと、外国語の映像メディアというのは、ほとんど見ていません。
外国語能力のメンテという意味では、上に書いたように、映像メディアよりは音声メディアが良いと思っているので、フランス語であれば、RFI のインターネットラジオをかけっぱなしにします。
上に紹介した「外国語学習に成功する人、しない人」に、年齢要因(臨界期仮説)についての面白い研究結果が紹介されていました。
これまでの臨界期仮説を支持する研究結果はいずれも米国に移住した中国系、韓国系の学習者に対するもので、2000年に発表されたジセラ・ジアの研究結果によると、ヨーロッパ系学習者には年齢の影響が無いという結果が出たというものです。
欧州人は見た目が米国人と変わらないので、年齢が上でも継続して同化しようと動くのに対し、アジア人は途中で諦めてしまって同国人で固まるようになるからではないかということです。
これが事実であれば、日本にいて英語(あるいはその他の外国語)を学んでいる我々にとっては、年齢要因は無いということになります。(そもそも年齢要因など無かったということでしょう)
一読をお薦めします。
ついでにマインドマッピングの本も。








