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エビちゃんとカバちゃんとピッチアクセント その2 [発音]

結局のところ、葛飾柴又の寅さんとかは、ど根性ガエルの梅さんなどのように、既に固有名詞化していることから、元の言葉のアクセントから切り離されているのでしょう。

その点で、エビちゃんとカバちゃんは、元の言葉にまだ引っ張られていると言えるかもしれません。

興味深いのは、エビちゃんが蛯原さんではなく、海老名さんだったらどうだったかということです。
エビちゃんはマクドナルドのエビフィレオのコマーシャルをする前からエビちゃんだったわけで、それは名前の蛯原のアクセントに引っ張られた部分が当然強いと思います。

これが海老名さんだったら、最初が高いエビちゃんになっていたのではないでしょうか。

そうなると、生き物のエビとアクセントが異なるので、エビフィレオのコマーシャルの話は来なかったかも知れません。


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レモネード [発音]

「どうして英語が使えない?」(ちくま学芸文庫)を読んでいます。
先日読み終えた「快読100万語! ペーパーバックへの道」の著者の本です。

単語レベルや音レベルで、英語と日本語の一対一対応させる学校英語を批判するという展開で、なかなか重いです。

昔の方が、英語と日本語の音の違いを認識していたという例として、いくつかあげられていました。
「ミシン」が実は machine から来ていたとか。「ラムネ」がなんと「lemonade」から来ているとか。
確かに lemonade という単語の発音は「レモネード」より「ラムネ」の方に近いですね。

話は全然変わりますが、うちの田舎では、「美味しくない」ことを「うもねー」(うまくない)と言います。
というわけで、「うまくないぞ」と言う場合に、「うもねーど」などと言うことがあります。

レモネード、うもねーど。

どうして英語が使えない?

どうして英語が使えない?

  • 作者: 酒井 邦秀
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 1996/01
  • メディア: 文庫

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ロシア語通訳の米原万里さん死去 [外国語]

asahi.com の記事はこちら

25日木曜に亡くなられたらしい。

金曜の夜に近所のブックオフで彼女の作品を二冊買い求めたところだった。
「買ってくれ」と棚から叫んでいるように目を惹いたのでした。

「ガセネッタ&シモネッタ」には、「謹呈 著者」と書かれたしおりが挟まっていました。

合掌

ガセネッタ&(と)シモネッタ

ガセネッタ&(と)シモネッタ

  • 作者: 米原 万里
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2003/06
  • メディア: 文庫


オリガ・モリソヴナの反語法

オリガ・モリソヴナの反語法

  • 作者: 米原 万里
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2005/10/20
  • メディア: 文庫


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外国語を学ぶ人の情報交換会 [外国語]

皆様

独学で外国語をやっていると、他の人がどのような勉強の仕方をしているか気になって、あちこちの掲示板に顔を出したり、本を読んだりするのですけれど、やはり同じ悩みを持つ人が集まって、そこで情報交換をしたいという思いがあります。

都内でそのような会を開くとしたら、みなさんご興味ありますか?
ご意見を掲示板「澁澤刑事」に書いていただけるとうれしいです。

人数が集まれば、ルノアールの貸し会議室あたりで。
集まらなければ、少人数でそのあたりのカフェで。

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君の外国語は言葉ではない。記号だよ [外国語]

ちょうど2年くらい前に、大学で私がイタリア語を囓った際に強い印象を与えた西本先生に再開したのですが、その際に、「君の外国語はことばではないよ。記号だよ」と言われました。

西本先生は、ダンテが読みたくてイタリア語を始められたので、私のように言葉の持つ豊かな魔力/可能性を捨象して、「売った、買った、いくら」でしか言葉をとらえない態度が(文学部での教え子としては)残念なことだと思っていらっしゃるのでしょう。
もちろん私もそこまで極端ではないですし、時間が許せばそちらの方面にも首を突っ込んでみたいとは思っているわけですが。

先日雑誌デビューしたので、西本先生に送りました。

その返事をお葉書でいただきました。

「記号だけの語学じゃなくて、人間の表現の幅の拡大に繋がる語学を !!」

というメッセージをいただきました。

人間の表現の幅が拡がっているかどうかはわかりませんが、最近お腹のあたりの幅は拡がった気がします。


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数学の公式と外国語の文法 [文法]

まだ読んでいます。「勉強法が変わる本」。

4章は、数学の問題の解き方について書かれています。

少なくとも大学受験の数学の問題においては、それまで学んだ公式/解法のパターンをうまく当てはめられるかどうかというのがポイントです。
そこでは、使いこなせる公式/パターンが多ければ多いほど、それが自在に使いこなせるほど、問題は容易に解けるわけです。
それは将棋の棋士が、多くの定石、棋譜を記憶しているようなものでしょう。

そのような話を読んでいると、外国語の文法/ルールのようなものだなぁという気がしました。

知っている文法/ルール/熟語/成句などなどが多ければ多いほど、かつそれらが使いこなせて自分のものになっていればそれだけ、外国語を容易に理解できるということです。

文法学習が有益だとか無意味だとかの議論があります。

数学の問題の山を前にして、公式を知らずに問題をたくさんこなして、その中から公式/ルールを発見するというのは、あまりに非効率な話です。

文法礼賛、あるいは文法全否定。どうして二項対立(dichotomy)のアプローチになってしまうのでしょう。
文法はあくまでも現実の使用を観察して法則を記述したものに過ぎませんから、それがすべてだと思っては危険です。
一旦文法をしっかりやった後、頭の隅に押しやって、現実社会の使い方を観察して微調整していくというアプローチが重要だと思います。



勉強法が変わる本―心理学からのアドバイス

勉強法が変わる本―心理学からのアドバイス

  • 作者: 市川 伸一
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2000/06
  • メディア: 新書


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エビちゃんとカバちゃんとピッチアクセント [発音]

蛯原友里さんの愛称が「エビちゃん」なのですが、最初に音ではなく文字で「エビちゃん」を見つけたことから、会社の人に「カバちゃん」と同じく \_ というアクセントで「エビちゃん」と言ってしまいました。
当然のごとく笑われて、 / ̄ と直されました。

エビちゃん 「エ」で低く入って、「ビ」で上がり、「ちゃん」は同じ高さ
カバちゃん 「カ」「バ」「ちゃん」と段階的に下がっていく

それは私にとってはちょっとショックな出来事でした。
これまでも、ゼロアクセントと言われる福井県嶺北地方出身であることから、日本語のアクセントがおかしい私でしたが、どうして「エビちゃん」と「カバちゃん」のアクセント位置が違うのか、わかりませんでした。

今朝の食卓での妻との会話

私「どうしてエビちゃんとカバちゃんでアクセントの位置が違うのだろうね」
妻「カバは哺乳類で、エビは甲殻類だからじゃないの?」
私「え゛っ!?  クマちゃん。 確かにそうだ。 ブタちゃん。ん゛? これは違うぞ」

しかし、じっくり考えてみれば、「エビ」あるいは「カバ」と単独で発音したときのアクセントが既に異なっており、それに単純に「ちゃん」をつけているように思えます。

がっ。

それでも例外が。
「トラ」は「エビ」と同じく後ろが上がるアクセントですが、「トラちゃん」になると、「カバちゃん」と同じく、最初が高くなります。

うーむ。謎だ。

日本語のアクセントに詳しい方。ご連絡ください。


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「人は見た目が9割」 [読むべし外国語学習]

読み終えました。

「心理学では、実は人間が伝達する情報の中で話す言葉の内容そのものが占める比率は7%に過ぎない、という研究結果が出ている」

以前にも同様の趣旨で記事を書きました。

たかだか7%のものにそんなに力を注いでどうするのでしょうか。

ちょっと外国語ができるばっかりに、言葉でのコミュニケーションを絶対視して萎縮して何も言えなくなる私と、言葉ができないからこそ身振り手振りで何とか意思を伝えてしまう妻と。

話は少しずれますが、先日電車の広告で(本当に私は電車の広告が好きです)、

ファイバー
デトクスル

というものを見ました。
これは、大塚製薬のファイブミニの広告だったのですが、改行に工夫が表れていました。

表の意味は、「ファイバーで、得する」であり、ホームページにも役に立つ情報があるわけですが、裏の意味は、「ファイバー、デトックス、する」で、すなわち、「ファイバー(繊維飲料)で、今流行のデトックス(毒素排出)をする」ということでしょう。

文字面の単純な意味だけでなく、改行にも意味を持たせる。

詩などでは、文頭の文字を横につなぐと意味のある文章がでてくるとかの試行もあるでしょうし、先日のロンドンの「ダヴィンチコード」は盗作かどうかの裁判の判決文に暗号を埋め込むとか。

見た目が9割

私の文も、もう少し絵文字や、字体の工夫くらいあっても良いのかも知れません。

人は見た目が9割

人は見た目が9割

  • 作者: 竹内 一郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2005/10
  • メディア: 新書


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外国語モードの脳 [外国語]

子供の時の手術のせいか、耳が遠いこともあるのですが、例えば新聞を読んでいるとテレビの声が聞こえてこないことは良くあります。

これは私に限らず、男性に多いのではないかというようなことが、「話を聞かない男、地図が読めない女」に書かれていたような気がします。
要は女性はマルチタスクが可能だと言うことです。

イタリアに住んでいた頃、ガイド付きバスツアー等に行くと、何カ国語もで説明をしてくれました。

妻は、イタリア語の説明の時はちょっと聞いていましたが、それ以外の言葉は雑音にしか聞こえず、眠り込んでいました。
私も眠かったのですが、英語もフランス語もイタリア語も耳に入ってきて、時にはドイツ語も知っている単語が耳に入ってきて、眠れなかったことがあります。

さて、最近インターネットラジオなどをかけながら作業をしているときに気づいたのですが、日本語であれば、途中は全然聞こえていなくても、ふと、気になる言葉が耳に引っ掛かるということがあるのですが、これが外国語の場合は、そうなるケースがほとんどないという気がします。

これは、作業の内容にもよると思います。

日本語で読み書きをしているのであれば、日本語モードに入っていて、日本語の単語が引っ掛かりやすいのではないでしょうか。
これがフランス語であれば、フランス語かもしれません。

プラモデルを作るとか、マニキュアを塗るという言葉に引っ張られない作業であれば、ひょっとしたらどの言葉も引っ掛からないかも知れませんし、あるいは、「普段」頭が考えている言語の言葉が引っ掛かるのかも知れません。

極めて純化された形では、「思考は言語に縛られない。そうでなければ、これまで存在していなかった考えは、言語を用いて考える限り、生まれないことになる」と、以前書きましたが、日常生活のレベルでは、言語を使って考えているのだと思いますし。

話を聞かない男、地図が読めない女―男脳・女脳が「謎」を解く

話を聞かない男、地図が読めない女―男脳・女脳が「謎」を解く

  • 作者: アラン ピーズ, バーバラ ピーズ
  • 出版社/メーカー: 主婦の友社
  • 発売日: 2002/09
  • メディア: 文庫


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快読100万語!ペーパーバックへの道   その2 [読むべし外国語学習]

コメントの2です。

私自身は、自分の語学力のベースは「学校(受験)英語+α」だと思っているのですが、この本で著者が「学校英語」として批判しているものについて、実は私は必ずしもそのようなアプローチを取っていなかったということに気がつきました。

著者は「unlearn」というキーワードで、学校英語で学んだことを忘れることを説いています。

その教えの一つが、「語の意味は辞書など引かずに、その語があらわれる文にたくさん触れて、そこから意味が浮き出してくるのをじっくり待つのが理想です」(223ページ)というもの。

英語と日本語の単語の対応が1対1ではないから、英和辞典や、市販の単語集を使って単語を覚えるのは危険であるという主張は理解できます。

私は、キーワードでなければ辞書を引かずに読み飛ばしますが、やはり勘違いを防ぐために、少なくともキーワードは辞書を引きます。
ただ、その際に気をつけているのは、辞書に記載されている日本語訳をざっと最初から最後まで目を通して、単語の持つイメージの範囲を理解し、その後、unlearn !! 一旦意味を忘れようとします。
ここで確認したその単語のイメージの範囲というのは、日本語で定義された範囲ですので、英語の中での範囲とは異なることが多いです。
よって、その境界を今度は多読によって微調整/規定していくのです。

もう一つの著者の学校教育に対する批判は、英文和訳に対するものです。

私は学校教育の中では英文和訳にかなりの力を注いだので、違和感があったのですが、英文和訳という言葉についての定義が著者と若干ずれていたことに気づきました。

著者の非難する英文和訳においては、英語と日本語で語順が異なることから、元の英語の語順を無視して、日本語の語順に直す作業をしなければならず、結果、英語の語順に合わせて理解するのではなく、日本語の語順に直してからようやく理解ができることになります。
これでは、文の中を前に戻ったり後ろに飛んだりを何度もやらねばならず、速読(あるいはリスニング)をする際の制約となり、かつ、原文が意図したリズムも味も無くなってしまうということです。

私はどうしている(どうしていた)でしょうか。
受験英語の時代(あるいはフランス語、イタリア語の学習初期において)、和訳の問題が出た場合、文法知識をペースとしての精読/文章の構造分析をしっかりやり、勘違いがないことを確認した後、その分析を一旦忘れ unlearn !! 、理解した意味の固まりを日本語にして吐きだしていたような気がします。
その意味では、私がやっていたのは、英文和訳ではなく、翻訳だったような気がします。

文法知識がしっかりしてくれば、出会う文も見慣れた構造ですから、構造分析をやる必要はなく、どんどん頭から理解していけば良いことになります。

リスニングにおいては、複雑な文構造の話をすると聞き手が混乱しますから、話してはわかりやすい文章にするでしょうが、書かれた文では、(想定された読み手がネイティブであっても)ある程度の行きつ戻りつを想定しつつ、複雑な文を書く人もいると思います。

学習初期の方にお薦めするのは、文構造の分析をしっかりやるということです。
これをやらないと、英文和訳が、「なんとなく合っているのだけれど」というフィーリング和訳になり、その後の上達の妨げになると思います。

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