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You know what I mean? [発音]

実は昨日は千鳥ヶ淵に花見に行ったのです。
花見客がたくさんいて、交通整理していました。
外人さんもちらほら。

外人さんにも花見って感覚、分かるのかしら。

ユーノーハナミー?

You know what I mean? に聞こえないでもない。


ほとぼりが冷めてから [外国語]

ほとぼりが冷めてからって言いますが、「ほとぼり」って何でしょう?
などと昨夜のお花見飲み会で盛り上がりました。

冷めるんだから、「『Hot』ぼり」じゃないかという私の説はあっという間に却下されました。

謎は深まるばかり。


「英語を制する『ライティング』」キム・ジョンキュー(講談社現代新書) [読むべし外国語学習]

昨日発作的に新刊で買って、今日読み終わりました。
ブックオフで105円で売られていても買ってはいけない本でした。

久々に「お金と時間を返してくれ」という本でした。
その本について、この時間に感想を書いているのもさらに腹立たしいのですが、さらに犠牲者が増えないようにと。
講談社もこんな本出すようじゃ駄目ですねぇ。

この本の主張は

・本物の英語力とは、英語力+論理的な展開能力 (ただし、これについては著者ははっきりと書かず、後者のみがポイントのような書き方をしている)
・それを身につけるには、ライティング、特にパラグラフライティングが有効である
・ただし、それは独学では身につけられず、きちんとした講師に見てもらう必要がある
・ところが、日本に来る外人講師は、レベルが低くてそのようなチェックができない
・よって、日本でそのような能力を身につけるのは不可能ではないかも知れないが難しい

というものです。
著者がアメリカで国語として英語を習ったときの経験を元に書いているのですが、大多数の読者にとってアクセス不可能な勉強手段を提示して、あたかもそれが解決策であるかのように提示するのでは、何の役にも立ちません。絵に描いた餅です。

腹立たしいのは、解決策を提示しているかのような印象を与えるこの本のタイトルでしょう。
騙されてたくさんの人が買うことを狙ったとしか思えません。

これが、「アメリカの国語教育を受けて感じた、今後の日本の英語教育への指針」などのタイトルであれば、長期的な指針として納得する部分はあったかも知れません。

しかし、そうであっても、同様に外国で学んで、論理的展開能力を日本語で身につけるべきと発展させた三森ゆりかの「外国語を身につけるための日本語レッスン」(白水社)が既に出ている中で、何の新鮮味もありませんでした。

第一章の英会話学校批判も、言い古された話ですが、新鮮だと思ったのは、英会話教室が出会い系サイトに近づいていると言い切っていることや、女生徒目当てにやってくる北米の大学生講師の話でしょうか。

第三章で、しっかりした先生がなかなかいないという話の中で、英語教師の資格と目されるTESLやTEFLが、半年、あるいは6-10週間で取得可能な資格で、米国本土の「国語」の先生からは評価が低いことや、Nova の採用基準は、1-2年の大学教育を受けたものということで、大学2-3年生でも講師ができることなどは面白かったです。

最終章では、米国で、第二言語として英語を学ぶ移民などのための授業では、会話中心の授業であるのに対し、外国語としてフランス語を学ぶアメリカ人の授業では、文法読解作文中心だったということが面白かったです。著者は差別と呼んでいますが。

以上のように、スキャンダラスに面白いという点はあるものの、外国語学習のヒントという意味では、全くの無駄でした。

どなたかお読みになりたい人は、定価でお譲りします。

知的な大人の勉強法 英語を制する「ライティング」

知的な大人の勉強法 英語を制する「ライティング」

  • 作者: キム ジョンキュー
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2006/03
  • メディア: 新書


外国語を身につけるための日本語レッスン

外国語を身につけるための日本語レッスン

  • 作者: 三森 ゆりか
  • 出版社/メーカー: 白水社
  • 発売日: 2003/09
  • メディア: 単行本


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第13章 第二言語の喪失と維持 (その2) [寅彦 on 第二言語習得研究]

次に(4) の読み書き能力です。読み書き能力が高い方が、喪失がゆっくりしているというものです。
私もイタリア語・英語は膨大な量を読みましたが、書くについてはどうでしょうか。
書く=話すと考えると、膨大な量を話しましたから、それでカバーされているのかも知れません。

次にテキストは喪失のプロセスについて書いています。
外国語学習者としてはどうでも良い話なのですが、その中の(4)検索について少し書いてみたいと思います。
言語を喪失したと言うときに、知識が全く失われてしまった(減衰説)のか、存在はするが知識へのアクセスがうまく行かない(検索失敗説)というものです。

私のフィルター理論によれば、前者は完全に穴がふさがってしまった状態、後者は穴にほこりがうっすらかかって見えにくくなっている状態です。
第二言語習得研究(SLA)において、「再学習における節約効果」の研究が今後注目されると書かれています。
一回目より二回目の方が簡単に学習できると言うことです。
これは忘れていたと思っていたのが実際はフィルターにほこりがかかっていただけで、それを取り除くことで短期間できれいなフィルターが再生されると言うことでしょう。

ではこの喪失の理論が我々の外国語習得にどのように応用されるのでしょうか。

テキストの250ページに「日本人はとかく金銭的損失に関しては敏感であるが、こと英語学習に関してはそれに費やしたエネルギーや時間が「忘れてしまった」ことによって無に帰しても案外無頓着で当然と思ったりしている。日本人学習者の場合、そもそも英語を「習得した」という実感がないから、「喪失感」もないのかも知れない」との記述があります。
千野栄一「外国語上達法」18ページにも同様の記述があります。
これはいろいろ考えさせるコメントです。

「趣味は英会話」と言う人がいます。
「英語」を「日本語」と置き換えるならば、「趣味はおしゃべり」ということになります。
「趣味はおしゃべり」だとパッとしないのに、「趣味は英会話」と行った瞬間高尚な感じがするのは変なものです。
彼らの趣味は日本語のおしゃべりではなく、英語でなければならないのは当然として、さらには会話をすることではなく、英会話を学ぶこと(習得できるかどうかは問題ではない)、あるいは英会話をしている自分にうっとりすることだったりするのではないでしょうか。
それはあたかも温泉に行ったりエステサロンに行って気持ちよくなるのと同じなので、それ以上の結果を要求しないのではないでしょうか。

あるいは、控えめな日本人の性格から、「これをやれば誰でも英語が上達」というふれこみの学校に行って、あるいはテキストを使って上達しなかった場合に、悪いのは学校/テキストではなく、自分だと思いこんでしまうのかも知れません。
「金返せ」ぐらい叫んでも良いのではないでしょうか。

さて、前述の研究結果に基づいて、二つのアドバイスが提示されています。

・決定的閾値(critical threshold)を超える熟達度を目的とすること
・しっかりと「読む」「書く」という能力を訓練しておくこと

週に一度の英会話学校通いで外国語が習得できるなどと言うことは有り得ませんし、特に学習初期であれば、アクセルをガンガンに踏み込んで決定的閾値にできるだけ早くに到達する必要があります。
また、読む・書くについては、町の英「会話」学校に通うだけでは駄目だと言うことです。


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グッチョイ その2 [発音]

杉並区のマイバッグキャンペーンポスターでは、「ぐっどちょいす」となっていました。
「グッド」と「ド」をはっきりさせると、日本人には「Good = 良い」という意味で取られやすいのでしょうか。

「グッバイ」と日本語で/カタカナで言うときには、Good の意味は意識されていない気もしますし。

話は変わって、読み返していた「外国語学習法」(千野栄一)に、cars と cards の発音の違いについて書かれていて、これまた焦って自分の発音を確認しました。


第13章 第二言語の喪失と維持 (その1) [寅彦 on 第二言語習得研究]

赤の女王仮説 Red Queen hypothesis というのがあります。
「鏡の国のアリス」の中で、「赤の女王がアリスに『同じ所にとどまろうと思うなら、全速力で走りつづけなさい』と言った」という一節からの命名です。周囲が動いているために、その場にとどまるために全速力で走り続ける鏡の中の世界では、進化を継続していかなければなりません。

語学の習得も忘却との戦いです。同じレベルを保つだけでもかなりの努力が要求されるのです。

千野栄一「外国語上達法」(岩波新書)には、「語学の習得というのは、まるでザルで水をしゃくっているようなものです」と言った方の紹介がされています。(9ページ)

下りのエスカレーターを上っているようなものかも知れませんし、豊島園の流れるプールであるいは川で上流に向かって泳ぐようなものかも知れません。
少し気を抜くと、どんどん流されていってしまいます。

年齢の問題もあるのかも知れません。しかし若い人もそうでない人も忘れるのです。

外国語習得を語るとき、どうやって覚えるかと言うことについては非常に議論されているのに対して、どうやって忘れるのか、どうやったら忘れないのかについて語られることが少ないと思います。

野球の試合、あるいはサッカーの試合を考えてみましょう。
点を取ること(覚えること)はもちろん大切ですが、それ以上に点を取られる(忘れる)と負けです。
点を取ることと同時にどうしたら点を取られないかについて考えることが重要だと思います。

ということでテキストを見てみましょう。

ここで対象となっているのは、L1環境でのL2言語の喪失、すなわち、母語の環境で第二言語を喪失するケースです。
我々日本人/日本語母語話者にとっては、日本にいて外国語を忘れるというケースです。

まず、これまでの研究結果に基づいて、第二言語喪失の要因として(1)使わなくなってからの年数、(2)熟達度、(3)年齢、(4)読み書き能力、(5)動機と態度があげられています。
このうち、(1)と(3)については、研究結果がばらけていて一概に結論づけられないことからここでは省略します。また、(5)については、「本人が維持しようと心がけると保持される」という当然の結論ですのでこれもここでは触れないことにします。

まずは(2)の熟達度です。
これは熟達度の高い人は喪失しにくく、熟達度の低い人は喪失しやすいというものです。
ここでは、決定的閾値の仮説(critical threshold hypothesis)が紹介されており、一旦ある決定的な言語の量(critical mass)を獲得すると喪失しにくいという考えです。

これは私の経験に近いです。
通訳ガイド検定のイタリア語とイタリア語検定一級に合格したのはイタリアを離れてから8年後でした。大学時代に1年間細々とやったドイツ語は、卒業する頃には既に忘れていました。

この現象については別のところで車のギアに例えて紹介しました。
自動車で低いギアではアクセルをずっと踏み込んでいなければならないが、トップギアではほとんど踏まなくても高速を維持できるというものです。
一旦あるレベルまで達すれば、その維持に必要な努力は少なくて済むというものです。

(以下次号)

資料

第二言語習得研究の現在―これからの外国語教育への視点

第二言語習得研究の現在―これからの外国語教育への視点

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 大修館書店
  • 発売日: 2004/12
  • メディア: 単行本


外国語上達法

外国語上達法

  • 作者: 千野 栄一
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1986/01
  • メディア: 新書


語彙 [語彙]

外国語をやっていると、「日常会話が難しい」と思うことがあります。
イギリスで長い間仕事していても、夕方パブに行ってイギリス人と話をすると会話について行けないとか、あるいはタブロイド紙の内容が分からないとか。

普段会話をしている相手ですから、ここで問題になるのは、話題であり、単語です。
イギリスの公立学校での教育問題とか、クリケットの試合の話とかだと、分からないのも仕方ないでしょう。
イタリアに5年いましたが、未だにレストランのメニューは苦手です。買い物は妻に任せていましたから魚や野菜の名前はほとんど知りませんし、食事も妻の手料理がほとんどだったので。

ここで問題にしたいのは、それらの単語が重要であると考えて、覚えようとしてしまうことです。

基本語といわれる5000語くらいまでは仕方なくやるのですけれど、それ以降は自分の興味のある分野についてのみ語彙を増やしていけば良いのではないでしょうか。

私自身は見聞きして単語を増やしていくタイプです。
一生懸命覚えた単語でもその後使わなければ忘れていくのは仕方ないと思っています。
「アメリカ人ネイティブが使う口語表現」とか言われても、くだけた会話をする状況はほとんど無いので、私のターゲットの外です。

私のバイブルの一つの「外国語上達法」千野栄一(岩波新書)には、習得語数のゴールを設定すべしと書かれていますが、習得語のエリアを設定することも重要かも知れません。

この点では、最近流行のコーパスというのも吟味が必要です。
対象とされた言語活動が自分の目標とする分野と違う場合は、提示された単語や成句の重要度は必ずしも正しくないのではないでしょうか。

ありとあらゆる分野での語彙を増強しなければいけないとしたら、それこそポルノ小説に出てくる語彙もしっかりカバーしていかないと、パブでの怪しげな会話について行けません。

外国語上達法

外国語上達法

  • 作者: 千野 栄一
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1986/01
  • メディア: 新書


愛知県知多市 [発音]

イタリア語では、チッタ ディ チタ (Citta' di cita)でしょうか。


グッチョイ [発音]

電車で見かけたECC英会話の広告に、グッチョイシステムと書かれていました。

なんじゃそりゃ???中国人の発明したシステムか?

と悩んでいたのですが、ほどなく、Good choice のことだとわかりました。

中津 燎子の「なんで英語やるの」には、There are は「ゼアラー」だと決めて発音している人の話が出てきました。
そのように聞こえるということと、そのように発音していると言うことは違うのですけれど、子音で終わるケースで日本語にないパターンだと、どうしても楽な発音に寄せてしまうのでしょう。

「グッチョイ」で気になったのが、「グッバイ」です。

思わず自分の Good by の発音を確認しました。「d」はきちんと意識して発音されているかと。

もちろん、話者が意識していることと、発音されているかということは別の問題でしょう。
発音パターンを話し手と聞き手が共有している場合には、分かってしまうということもあるのでしょう。

前に書きましたが、「苦渋の選択」と「Could you の選択」と言っても、日本人の耳には同じに聞こえるでしょうが、英米人には異なって聞こえるはずです。でも、日本語を知っている英米人なら文脈で苦渋と聞いてしまうのでしょうし。

Good by を「グッドバイ」とせずに「グッバイ」としたのは、その方が元の音に近いと当時考えたからでしょう。
「グッドバイ」だと Good buy が思い浮かぶのも不思議です。

King Kong は「キングコング」であって「キンコン」ではないのですが、Hong Kongは「ホングコング」にはならず、「ホンコン」です。

音って面白いですね。



なんで英語やるの

なんで英語やるの

  • 作者: 中津 燎子
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 1978/04
  • メディア: 文庫


親指のそいつは、なかなかのやつで、何人かは歌っている [発音]

通勤電車のドアに貼ってあった広告で見つけた、サムシング(thumb thing)。
親指にはめれば、片手で気軽に本が読めるという優れものだそうです。

それにしても、「th」の発音が苦手な日本人にとっては、
thumb thing
something
some sing

すべてカタカナでは「サムシング」になってしまいます。

一時期ポジティヴシンキングが流行ったときPositive Thinking ではなく、Positive Sinking で、積極的に自ら沈んでいって這い上がれないのではないかと思ったものでした。


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