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中学時代 3

私が中学の頃、BCL というのが流行りました。
Broadcasting Listners の略だったと思います。

ラジオで海外の放送局の番組を聞き、受信レポートを送ると、ベリカードと呼ばれるものが放送局から送られてくるので、それを集めるというものです。
太陽の黒点の活動で遠くの電波が聞こえたり聞こえなくなったり、アンテナはどのようなものがよいかなど研究したり。

今思えば、ソニーや松下がラジオを売ろうとして作り出した流行だったのかも知れません。

貧しかった我が家ですが、中学にはいると父はラジオを買ってくれました。
英語勉強をするからと言って買った、いわゆるラジカセです。

その後BCL用にと高性能のラジオを買ってもらいました。
今思えば、かなりのおねだりだったと思います。

学校の同級生にも同じ趣味の子は何人もいましたが、一部はやがて深夜放送(オールナイトニッポンなど)に流れ、一部はアマチュア無線に流れ。
私はいつの間にか米軍放送を短波でかけっぱなしにするようになりました。

日本短波放送のすぐ近くの周波数で流れていた米軍放送は、当時は FEN(Far East Network) とか、AFRTS(American Forces Radio and Television Service) とか呼ばれていました。

これはその後もずーっと、大学に入るまで続いたと思います。

最初は全く意味も分からず、そのうち天気予報が分かるようになり。
高校にはいると American Top 40 を聞きながら、歌手名と歌のタイトルを書き取ろうとし、翌日レコード屋に行って、ヒットチャートで綴りを確認していたりしていました。

そんなこんなで、大学時代、突然米軍放送がきれいに聞き取れる瞬間が訪れたのでした。

お米も時々買えなくなる貧しい時代に、私のわがままを聞いてラジオを買ってくれた両親に感謝します。


中学時代 2

中学に入って英語勉強し始めた頃は、周りのみんなもそうでしたが初学者用の薄っぺらい辞書を使っていました。
だれかにお祝いで買ってもらったような気もします。
英和辞典と和英辞典のセットで。

やがてその辞書に物足りなくなったか、「辞書は大きなものを使え」という記事をどこかで読んだかで、私は本屋に向かい、「旺文社英和中辞典」を手にすることになりました。

田舎の本屋にその辞書があったのは私にとっては幸運でした。

今ではすっかりくたびれて、ところどころテープで補強してあるその辞書は、昭和50年11月発行の初版のものです。

昭和50年と言えば、私は中学一年でしたが、実際に購入したのは中学二年か三年だと思います。本屋にかなり売れ残っていた感じで、買ったときに既にくたびれていたのを覚えています。

最近思い至ったのは、私が英語好きになり、英語の能力が伸びたのも、この辞書に負うところが大きいということです。

近頃は電子辞書が流行っていて、私も持ち歩いていますが、会社なり自宅で調べるときは紙の辞書を使っています。
これは調べたい単語の周辺に関連語が記載されていたり、あるいは綴りは似ているが違う意味の言葉などがあることから、それらが自然に目に入ってくる効果があると思います。

この「旺文社英和中辞典」の良いところは、派生語、語源がしっかり書かれていることです。
最近フランス語を勉強している中で、いくつかの辞書を使いましたがどれにも満足できませんでした。
これは派生語や語源の記載が無いことによると、最近ようやく気がつきました。
旺文社英和中辞典で慣れ親しんでいる項目が仏和辞典に見つからないのでいらいらしていたのです。
派生語・語源を知ることで、ボキャブラリーは格段に増加します。
イタリア語もやる私としては、イタリア語との関連でフランス語を覚えることも多く、また、ラテン語/イタリア語に語源があれば、それをキーとすることで覚えやすくなります。

特にフランス語については、格調高い文章には、名詞を使うという傾向があるらしく、仏検1級でも、動詞(あるいは形容詞等)を名詞に直して文を作り替える問題が出題されています。
これについては、仏和辞典では対応できません。
動詞と名詞の形が似ている場合は何とかなりますが、例えば、abréger と abréviation のように形が変わってくると、辞書で周辺を見回してもすぐには見つかりません。
仏検の問題集にも、この種の問題の対策として、仏仏辞典の利用を勧めています。仏和辞典の改善が待たれるところです。


中学時代 1

語学学習法の本を手に取る時、著者がどのような人かということは確認します。
えらい学者さんの書いた本だから良いということではなく、どのような形で外国語に絡んできたかということを知ることで、その人の書いていることに対し、どこまで真剣に取り組むべきかという方針が立ちます。

というわけで、私がどのように外国語と付き合ってきたかを書かないといけないでしょう。

福井の田舎で生まれた私は、英語の塾などもなく、子供英語教室など当然存在せず、中学に入って初めて英語に触れました。

両親も田舎育ちですから、外国語ができたわけではありません。

ある日、家で英語の復習をしていたときのことです。
後ろから近づいてきた父は、僕の教科書をのぞき込み、「お父ちゃんは、昔、英語部のキャプテンだったんだぞ」と言いました。
「また始まったか」と放っておくと、
「現在進行形か。Be動詞+ingだな」と言うので、父を少し見直したのでした。
「私は眠っていると言うのを、現在進行形でどういうかわかるか」と聞くので、
「お父ちゃん言ってみな」と言うと、「I am swimming. (睡眠ing)」

そんな父親からは、英語は学べませんでしたが、ダジャレのセンスを学びました。
オヤジギャグと呼んで、人は軽蔑しますけれど、言葉に対するセンスを磨くにはダジャレは良い訓練だと思います。
子供の語彙を増やすのにも効果的だと思います。

日本語に対するセンスがない人が、外国語にだけセンスが良いはずがありません。
漢字の使い分けや送りがなに無頓着な人は、funny も interesting も、どちらも「面白い」と訳して、同じ意味だと納得して終わりにしてしまうのではないでしょうか。


帰国オヤジ

私は会社に入って5年目に海外に出ることになり、その後12年半の海外留学/勤務を経て帰国しました。
帰国子女ではありません。帰国オヤジです。

帰国子女という言葉も、バイリンガルという言葉と同じで定義が曖昧な言葉ですね。

例えば、親の仕事の都合で、生まれてすぐにアメリカに渡った子供が、私のように12年半現地で暮らして帰国したならば、その子は言語的にはアメリカ人でしょう。

最近は海外にも日本の私立校が進出していて、全寮制で日本語で授業を受けていたり、あるいは、大学の帰国子女入学枠を得るためだけに海外に行くようなケースもあるのではないでしょうか。
これらの様々なケースをひとくくりに「帰国子女」とするのは、危険なことです。


日本語が出来上がってしまった我々は、完璧なバイリンガルには達しないにしても、日本語能力を維持したまま英語能力の向上を図ります。

帰国子女の場合は、帰国子女の持つバイリンガルのイメージとはかけ離れて純粋にモノリンガルの人もいるでしょうし、うまく行った場合は完璧バイリンガルになっているでしょうし。
その中間にいる人もたくさんいるでしょう。
気をつけるべきは、その中間と言った時に、どちらかの言語がしっかり出来上がっているとは必ずしも限らないことです。
少し変、と言うくらいであれば良いものの、どちらも中途半端な「セミリンガル」となることもあり得るのです。(ことばが中途半端だと、思考能力も中途半端なままです)
この辺の話は、講談社ブルーバックス「バイリンガルの科学」に詳しいです。
自分の習得する言葉を、子供は選べないケースがほとんどです。親の見栄やエゴで子供をセミリンガルにすることの無いようにと願います。


「外国語をどう学んだか」講談社現代新書 他 [読むべし外国語学習]

「外国語をどう学んだか」(現代新書編集部編)講談社現代新書を読み終えました。

先日書いた続き。

・最近の英会話学校の講師に、ただ母国語がしゃべれるだけの講師がいると書いた後で、
「一方、習う側もまた、教える側の人間的レベルを早く見抜くくらいの洞察力も必要だ。何年外国にいても語学力は当初のまま、と言う人もたくさんいる。要するに、その人の生活範囲にある人々のレベルを超えていないのである。付き合う人の次元を変えることがいかに大切か。それは自分自身で選択できるのである」(194ページ 室井克義)

・「語学は経済と同じで、限られた資源の有効的利用が鍵である、と。..... 数百語ぐらいの語彙と簡単な文法さえあればほとんど自分の意思を何でも相手に伝えられる。鍵は使いこなしだ」(231ページ セルゲイ・ブラギンスキー)

105円はお買い得でした。

同時に読んでいた、「英語とわたし」(岩波新書編集部編)岩波新書も読み終えました。

講談社現代新書の方は各国語でしたが、こちらは英語だけです。
その代わりに、寄稿者が、マラソンの有森裕子、引田天功などなど、いろんな人が出てきます。

面白かったのは、例えば引田天功が耳が良くて、各国訛りの英語を聞き分けて真似して発音でき、同様に日本語の各方言も上手に発音できるということ。(さらには、犬、猫、カラス、赤ちゃんの声も出せる)(43ページ)

幸田真音が、外資系投資銀行で働き始めた時に、「まず、無駄がなく知的できれいな英語を話す憧れの同僚を目標に設定した。彼女の話し方や言葉遣いを徹底的にマークし、彼女からまわってくるメモは注意して読んだ。言葉の選び方、単語の組み合わせ方に始まって、イントネーションや、冗談の言い方、発音から表現のバリエーションまで観察し、気になったものはメモをとり、自分でも何度も真似て使った」(55ページ)
ベンチマーキングのテクニックです。

などなどです。

こちらはブックオフで250円でしたが、こちらもお薦めです。


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文法

「文法重視から会話重視へ」などと言って、学校の英語教科書ではハンバーガーショップでのやりとりが書かれているそうです。
その一方で、書店には多くの文法書が並べられています。
TOEICにしろ、ちゃんとした英語をやるにしろ、やはり文法が必要だと言うことなのでしょう。

コミュニケーション重視派(というより、"文法軽視派")の人たちは、この状況をどのように見ていらっしゃるのでしょう。
社会に出てから文法の重要性を思い知ってやり直すことになるというのであれば、頭の柔らかい学生時代に文法をきちんと教えておくべきだとは思わないのでしょうか。

これが鈴木孝夫的に、「きちんと英語をやるべきは、一部のエリート」として、学生時代はハンバーガーが買える程度の英語力で構わないと考えた上でのことであれば、それは非常に素晴らしいと思いますが、そうであれば、義務教育での英語の授業はもっともっと減らせるでしょう。

発音/ヒアリングの本もたくさん出ています。この分野こそ、耳の柔らかい中学の時にやるべき分野ですが、相変わらず義務教育では発音は軽視されているのでしょう。

書店には驚くほどの一般向けの英語学習書が売られています。「これであなたも.....」とか、「30日間で.....」とか、即効薬をうたっています。
新聞にもスピードラーニングとかいろいろな広告が出ています。

もしそれらの提示する学習法が効果的だとすると、それらが義務教育で採用されていないのは文部科学省の怠慢です。
果たしてそうなのでしょうか。
効果が絶大なら、プライベートの英語学校でも採用されていても良いはずです。

そうでないところを見ると、効果が無いか、あるいは、あまりにも効果的でそれを適用すると国民全体があっというまに英語ができるようになってしまって、英語産業が衰退するので、あえて採用していないということでしょうか?

「中学・高校、さらには大学と10年間も英語をやっているのに話せるようにならない」ということはよく聞きますが、毎日5時間10年間やっているわけではないので、10年という数字に引きずられないようにしなければなりません。

10年間やったとおっしゃるあなたは、週に何時間英語をやっていらっしゃいましたか?
それは一日8時間に凝縮したら、何年分(何ヶ月分)トータルで英語をやったことになりますか?
それが2年にも満たないのであれば、2歳のアメリカ人の赤ちゃんほどしか話せなくても仕方ないかも知れませんね。

実際には大人は「文法」の助けを借りることで、もっと効率的に言語事象を習得できるわけですから、3歳のこどもくらいはできるようになっていないと困りますけれど。

「外国語学習に必要な最低限の時間は、週平均10-12時間」と言ったのは、ロンブ・カトーです。
わたしの外国語学習法(ちくま学芸文庫)(68ページ)
それだけの時間を割く気持ちがないのであれば、義務教育であれ、趣味であれ、上達は期待してはいけないでしょう。


外国語で若返り

薄い唇の人はおしゃべりだと言います。
話のしすぎで唇がすり減ったわけでもないでしょうに。

しかしながら、唇を中心とした顔の筋肉を使って声を出しているのであれば、話す言葉によって顔の形が変わっていくことはあるでしょう。

韓国人がエラが張っている人が多いと言われるのは、韓国語の音の特性によるのかも知れません。
三年前、NHKラジオの「ハングル講座」で発音を真剣にやった時には、唇の周りの筋肉が筋肉痛になりました。
ラジオで聞く他にCDまで買いましたから。
(そのあと止めてしまいました。筋肉痛で止めたわけではないのですが)

韓国語は世界で最も音の多い言葉だという話をどこかで聞いたことがあります。
たくさんの音を発するために顔の筋肉を良く動かすので、韓国ドラマスターがどんどん出ているのかも知れません。

かくいう私は、今年はフランス語の発音に取り組んでいます。
いつしか高い鼻で青い目と金髪になれることを夢見て。

(あり得ない.....)

日本人はそもそも口の周りの筋肉がアメリカ人とは違うのだから、違った発音の仕方で英語を発音することを指向されている中津燎子さんの未来塾という場所もあります。
中津さんのなんで英語やるの(文春文庫)は必読書です。


「英語はいらない!?」(鈴木孝夫著)PHP新書 [読むべし外国語学習]

「英語はいらない!?」(鈴木孝夫著)PHP新書読み終えました。

なかなか過激で現実離れしていると思う方も多いのではないでしょうか。
日本語を世界に広めて、国連の公用語にすることを目指し、そうは言ってもそれまでには時間がかかるから、本当に英語が必要な一部のエリートだけがしっかり英語をやる。

「庶民が日常的に外国語ができるような国は、その国が国際的に弱者の立場にある証拠です。そしてどこの国でも一人の個人が日常的にぺらぺらいくつもの言語ができるというのは、よっぽどその人が経済的に弱者なのです」(58ページ)

語学学習法を語る時には、語学を学ぶことは善であるとの前提でスタートしていますが、時には鈴木孝夫の著書に戻って、「なぜ外国語を学ぶのか」ということを考え直すのも良いでしょう。

「外国との直接接触(制服や侵略)の場合には、相手の優れたもの、良いところだけでなく、悪いところ劣ったものも抱合せで入ってくるから、外国のいわば正体が見える。日本の場合はそれが半透膜効果のために、嫌なところ劣ったところが見えず、そのため外国を過度に美化し理想化する結果を生むのです。私の言う蜃気楼効果です」(56ページ)

(194ページ)
発音が悪くても相手がしっかり聞いてくれる条件として
「あなたがうんと金をもっているか、それとも人間的な魅力があるか、あなたが普通以上に相手が欲しい何かを持っていることです。つまりあなたに『この人の話を聞かなかったら自分の損になる』と相手に思わせるだけの条件すなわち強みがある時....」

ブックオフで105円で買いました。
鈴木孝夫の本が105円でたくさん出ているのは、外国語上達の近道を求めて買ったのに、「外国語はやらなくて良い」と書いてあってがっかりした人がたくさんいたのでしょう。


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「外国語をどう学んだか」講談社現代新書 [読むべし外国語学習]

「外国語をどう学んだか」(現代新書編集部編)講談社現代新書を読んでいます。

先日読んだ、「わたしの外国語上達法」がハズレだったのは、寄稿者が大学教授中心だったからかも知れません。
こちらは、もっと実務寄りです。

ブックオフで105円でしたが、ヒットです。

・「日本の英語(外国語)教育は、ひとりの英語好きを生むために十人の英語嫌いを再生産し続けると言われる」(12ページ 筑紫哲也)
本当に英語が必要なのは日本人全体の十人に一人かも知れません。
現在の英語教育が変わらない限りは、十人に一人の英語好きを作るために、多大な無駄(時間・お金)を覚悟しなければならないのかも知れません。
私が幸いにも十人のうちの一人になったことに感謝します。

・「外国語が苦手な人がいるのは、人間は生来、幼児期から空気や水のように親しんでいる母国語から引き離されることを嫌うものだからである。それは泳げない人が水をこわがるようなものである。....... 違和感は何よりも音としての外国語からくる。そこで水泳の習練ではまず初心者をみずに慣れされることから始めるように、外国語に関してもまず音になれることが肝心だと思う」(37ページ 関曠野)
音についてのトレーニングは重要ですよね。

・「英語(外国語)を教える側は、当然のことながら学問的にも正確な英語を教えようとする。しかし、考えてみれば習うほうにとっては、それではあまり目標が高すぎる」(48ページ 平野次郎)
これはなかなかショッキングなコメントです。
アメリカなりイギリスなりに移住して生活している人たちが、完璧ではない英語でも生活し仕事をしている事実を無視して、それ以上の完璧を求めているのは大きな間違いかも知れません。
これまでも、「外国人は間違いを気にせずどんどん話すのに、日本人は間違うことを気にして話さない。これは国民性だ。心の持ちようだ」という意見はあちこちにありましたが、それらの後ろには、「まずは間違えながら、どんどん会話をすることで上達し、最後には完璧になる」という気持ちがあったのではないでしょうか。
そもそも完璧を目指さないというのは、新しいアプローチだと思います。

・「中学・高校の英語の先生は中等教育の専門家ではあるが、語学教育の専門家ではない。.... 大学の英語学、英米文学研究者はどうであろうか。一部の応用言語学専攻者以外は該当しないであろう。.... 俗にネーティブスピーカーと言われている人々がすべてそのまま語学教育の専門家であろうはずもなく、結局は一握りの専門家はいても世論を喚起し定説を流布するに至っていないのである」(61ページ 東後勝明)
東後勝明さんが言っているからなおさら重いですね。
英語学習法の専門家がいないために、コマーシャル主義の英会話学校に踊らされ、さらに義務教育までも踊らされ、国全体として大きな損失につながっているわけです。

私もここでチマチマと書いていますが、こんなことはとっくに応用言語学の先生方が研究済みの分野で、なにも目新しいことは無いのでしょう。
フィルター理論についても、自分では凄い発見だと思いましたが、言語学入門の最初の普遍文法の説明をした挿絵に酷似しています。

私が30年間の外国語学習の経験から法則を見いだそうとするのはかなり非効率な気がしてきています。
しっかり言語学を学んでみたい気分です。



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