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コミュニケーション能力

コミュニケーション能力 = (1. 積極的に会話をしようとする意気込み) + (2. 外国語の能力) + (3. 論理的に展開する能力) + (4. 話の中身)

でしょうか。

1については、必要に迫られれば誰でも会話をしようとするのですが、普段の会話練習の時にどれだけ自分を追い込めるかでしょうか。
ただし、私のお薦めの独り言訓練であれば、心理的なバリアを気にせず話す能力は向上します。

2についてはテーマが大きいのでここでは略します。

3については、日本の国語教育の欠陥に引っ張られている部分があります。
ここについては、
三森ゆりか「外国語を身につけるための日本語レッスン」に詳しいです。

論理的に話を展開しようにも、そもそも語るべきものを持たなければ相手は聞いてくれません。

鈴木孝夫の「英語はいらない」は素晴らしい本ですが、その194ページに、発音が悪くても相手がしっかり聞いてくれる条件として、「あなたがうんと金をもっているか、それとも人間的な魅力があるか、あなたが普通以上に相手が欲しい何かを持っていることです。つまりあなたに『この人の話を聞かなかったら自分の損になる』と相手に思わせるだけの条件すなわち強みがある時....」とあります。


母語

田舎の祖母はすっかりぼけてしまって、私のことなど忘れています。
歳を取ると子供に返ると言いますが、話に出てくるのは祖母の子供の時のことばかり。

言葉もそうなのかも知れません。
バイリンガルのおじいちゃん、おばあちゃん。

ひょっとしたら母語を超えて第二、第三の外国語が上手になった人だとしても、ぼけてしまうと母語しか残らないのかも知れませんね。
(こんな研究あるのだろうか)


外国語は母語を超えられない

「外国語は母語を超えられない」と何冊かの書物に書かれていました。
いずれの場合も、何の説明も論拠も無しに、言いっぱなしです。
感覚的には、「英語が日本語よりうまくなることはないだろうなぁ」と思うのですが、言い切るためにはいくつかの前提が必要だと思います。

1.母語は超えられないと言う場合に、母語は何歳で確定するのでしょうか。
良く言われる「小学校高学年」という時期がそれだとすると、中学に入ってから海外移住した人は、決して「小学校レベルの」母語を超えて新しい言葉を習得できないということになります。

2.「超えられない」と言う場合、何の分野で超えられないと言うのでしょう。
語彙というのであれば、海外暮らしが長くなればいつの間にか小学校レベルを超えた語彙を、(母語にそれに該当するものを見つけないまま)外国語でどんどん増やしていくと思います。
ネイティブに近い発音という意味では正しいかも知れませんが、相手に伝わるなら発音は気にしないという立場であれば、これについても積極的な論拠にはならないと思います。

このような分析無しに、「外国語は母語を超えられない」と言い切る態度には反発を感じますし、むしろそうではないケースがあるのではないかと思っています。

ただ、我々日本人において、外国語の運用能力の高い人の多くは、日本語の運用能力も高いことが多いと思います。
よって、まずは身近な日本語能力を高めることが外国語能力を上げる近道だと言うことを言わずに、「外国語は母語を超えられない。よって日本語を鍛えなさい」と言い切るのも、プレゼンの仕方としてはありかなと思います。


単語 2

ピッタリ来る訳が必ずしも辞書に出ているわけではありません。
それなのに、外国語と日本語が単語レベルで一対一の対応をしているという勘違いをしがちです。

義務教育での英語の試験が、単語レベルでの和訳・英訳を強要していることによるものもあるでしょう。

最近読んでいるのが、「「学校英語」ではわからない英語の常識」 (松永大介著)講談社+α文庫です。
ブックオフで105円で買った本ですが、これはなかなか面白いです。
日本人にありがちな思いこみの意味づけを訂正してくれます。

お薦めです。


堂々とヘタな英語を話しなさい―「英語が話せない」は思い込み [読むべし外国語学習]

堂々とヘタな英語を話しなさい―「英語が話せない」は思い込みかんき出版

を読みました。
ブックオフで105円で買いましたが、その価値もないでしょう。

英語ができる人でも話さない/話せないひとがいるのは、心構えの問題。
間違えることを気にせずに堂々と話しなさい。

ということが書かれています。

確かに英会話学校でも、関西では生徒がみな積極的に話すのに、関東ではおとなしいらしいですから、会話に参加する意気込みの違いが、その後の上達のスピードに響いてくるというのは事実でしょうが、一冊使って言わなくても....

著者は弁護士で英語を使って仕事をしているらしいのですが、私は彼には仕事を頼まないでしょう。
「相手の言葉の半分も聞き取ることができれば、十分理解できる」なんて、危なくてしょうがない。


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An Inspector Calls [読むべし外国語学習]

An Inspector Calls (Penguin Modern Classics)Penguin Books Ltd

「An Inspector Calls」を読みました。
12月にうけるケンブリッジ英検(CPE)の課題図書の一つに入っていたので読んだのですが、
面白いっ !

行きの電車とお昼休みとで一気に読んでしまいました。
邦訳は出ていないのでしょうかねぇ。

始業時間前のトイレの個室でも読んだのですが、足がしびれてふらふらしながら出てきたのは恥ずかしかったです。

スピードは1ページ2分くらいでしょうか。
会話中心の劇作品だという割には遅い感じがします。
日本語だと2ページ1分くらいです。
速読やらねば。


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単語

辞書も、文法書も、言語活動を描写したに過ぎません。
我々が母語を習得する際に、辞書や文法書のお世話にならなかったことを考えれば、外国語においてもそのように習得することは可能のように思えます。

母語の習得であれば、周囲の言語活動を観察し、言葉の意味を収集し、文法規則を発見していくことは可能でしょう。
ロンブ・カトーは、「文法を知らずに人間が習得できるのは、母国語だけです(それもしゃべることだけ。ものを書くことは、文法なしに身につけられません)。」と書いています。「わたしの外国語学習法」ちくま学芸文庫(80ページ)

辞書も文法書も使わなかったシュリーマンの勉強法を見て、「辞書も文法書も不要」と叫ぶ方もいらっしゃいますが、彼は英語学習した時は、
"Vicar of Wakefield" Oliver Goldsmith 224ページ
"Ivanhoe" Sir Walter Scott 618ページ
を、暗記したと言います。

同様にフランス語をやった時は、
"Paul et Virginie" Jacques-Henri Bernardin de Saint Pierre 377ページ
"テレコマスの冒険"M. de Fontenelle, ???
を覚えたと言います。

英語について、800ページ分を暗記したら、ほとんどの文法規則とかなりの単語が身につくのではないでしょうか。でもそれは誰にでもできる学習法ではないでしょう。

もちろん、文法規則などは、観察して身につけるものですから、間違って覚えるかも知れません。
そこでシュリーマンは実際に作文で使ってみて、ネイティブのチェックを受けることで軌道修正しています。これは子供が母語を習得する際に観察して習得したものを使ってみて、周囲の大人に修正されて覚えていく過程と同じです。

しかし記憶力の弱い我々は....

辞書を開いたら、一番目の意味で納得するのではなく、その単語の説明をすべて読むこととしましょう。
インプット量の多い人でなければ、二番目以降の意味に巡り会う可能性はどんどん低くなります。
一度辞書を引いた時に二番目以降も見ておかないと、もったいないです。

他方、忘れてならないのは、必ずしも訳語がピッタリ来るとは限らないことです。
辞書を読んだら、意味を一旦忘れて、後は多読多聴により、言葉の意味の肉付け作業を続けていきましょう。


「読んで身につけた」40歳からの英語独学法(笹野洋子著)講談社+α文庫 [読むべし外国語学習]

今日ブックオフで105円で買いました。

「読んで身につけた」40歳からの英語独学法講談社

一時間くらいで、あっという間に読んでしまいましたが、ほとんど何も残りませんでした。

40才過ぎても外国語を覚えられるということと、いきなり学校に行くのではなく、独学でかなりのレベルまで到達できるということは、力強いメッセージです。

33ページに大脳の「ウェルニッケ言語野」について書かれています。

「英語のできる人は、ウェルニッケ言語野の反応箇所が、英語を聞いたときと日本語を聞いたときにちがうことがわかりました。それに比べて、英語が苦手な人の場合、英語を聞いたときも日本語を聞いたときも、ウェルニッケ言語野のなかの同じ箇所が反応しているのです」

これは別のブログで書いている、フィルター理論で言えば、できる人は英語・日本語のそれぞれのインプットフィルターを使っているのに対し、英語ができない人は英語フィルターがふさがっているので、受け取った情報を日本語フィルターに投射して(日本語に訳して)日本語として理解しているということでしょう。


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「外国語の水曜日―学習法としての言語学入門」 その2 [読むべし外国語学習]

「外国語の水曜日―学習法としての言語学入門」黒田龍之介著(現代書館)の続きです。

発音記号について
「かつての英語教育ではこの国際音声字母がたいへん重視され、世代によっては中学校の英語の時間に英単語のスペルを覚えるのと並行して、この「発音記号」を学んだこともあった。......同じ記号を使っていたとしても、たとえば英語とフランス語ではその表す音が微妙に違っていると言うこともある。これだけの記号で世界中のことばの音を記述しようと言うのだから、完璧というわけにはいかない。過信は禁物なので気をつける必要がある」(180ページ)
過信するくらいしっかりやっている人がもっともっと増えて良いと思います。
一つの外国語しかやらなければ問題はさほど大きくないのですし。

・語順
220ページに引用されている数字で、世界の言語においては、日本語のようなSOVの語順のものが、SVOのものより多いとされています。
「へぇー」という感じです。

・ことばの「間違え方」
母語に引っ張られて外国語を間違える、そのパターンを外国語教師はよく知っておかねばならない(237ページ)
ネイティブなら外国語を上手に教えられる訳ではないということです。
ひっくり返せば、外国で日本語教師になりたいと思ったら、日本語と同様にその国の言葉について深く知っている必要があるということです。

・国語文法(日本人向け)と日本語文法(外国人向け)
外国人が日本語を学ぶ場合は、日本人が文法を学ぶのとは順番が違う(245ページ)
外国人向けの日本語教科書を読みたくなりました。

・ネイティブ利用法(252ページ)
基礎知識のないネイティブを有効活用するポイントとして
1.文法に関する質問は絶対しないこと。
2.発音と作文を直してもらうこと
を上げている。非常に納得。

その他、面白そうな本をいくつか紹介しています。
私が興味を持ったのは

「英語の辞書を使いこなす」講談社現代新書
「英文翻訳術」ちくま学芸文庫
「外国語としての日本語―その教え方・学び方」講談社現代新書
「フィンランド語は猫の言葉」講談社文庫


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「外国語の水曜日」黒田龍之介著 現代書館 [読むべし外国語学習]

「外国語の水曜日―学習法としての言語学入門」黒田龍之介著(現代書館)を読み終えました。
副題に「学習法としての言語学入門」とありますが、同タイトルの第3章だけ読めば良いでしょう。

巷の山のようにある語学学習法の本を片っ端から読んでいる感じがしていますが、そうすると、同じような内容にあちらこちらでぶつかることになります。
最初に読んだ時は感動しても、二回目以降だと「それなら知っているよ」となって、その本に対する不当な評価になってしまう可能性があります。

やや違うかなと思うのは、
彼の「その他の外国語」へのコメントにも書きましたが、レアリアを重視している点(158ページ)と
「間違いなく言えるのは、自分の母語(わたしたちにとって多くの場合は日本語)のレベルを超えるような外国語取得は、絶対に不可能だと言うことだ」(148ページ)と、説明無しに断定しているところです。

折角第三章で、言語学入門をやっているので、この母語を超えられないという点についての言語学的な説明をして欲しかったです。

面白かったところは
・外国語会話のクラスで、家族構成や勤務先など個人情報にかかわるやりとりが出る場合、全く違う人物になりきって答える。(102ページ)
・(124ページに紹介されている)土屋賢二著「われ大いに笑う、ゆえにわれ笑う」からの引用
「こちらにいる日本人の話では、三ヶ月ぐらいたつと、急に英語が聞き取れるようになる、ということでしたが、その気配もありません。..... 三ヶ月すぎると、聞き取れないことになれてくるのです。英語が分からなくても死ぬようなことはない、と分かってきます」

(続きはまた明日)


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