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「外国語を身につけるための日本語レッスン」三森ゆりか著(白水社) [読むべし外国語学習]

先日のブックフェアで二割引で買った本。
面白かったです。

子供英語から大人英語に変わるために必要なテクニックがここにあります。
英検、仏検などの一級二次試験対策にも良いでしょう。

欧米などでは国語教育の中で、言語技術(説明や描写、報告、記録、議事録などの情報伝達の技術や、論証の仕方、論文のまとめ方、プレゼンテーションの方法、討論や議論の技術、情報の要約や分析・解釈、批判的検討の技術など)を教えているのに対し、日本語ではそれが行われていない。
よって彼らとコミュニケーションをとるためにはそれらのテクニックを日本語で学ぶことが近道であるというのが著者の主張です。

まことにおっしゃる通りです。
唯一同意できないのは、「第二言語の能力が第一言語の能力を凌駕することはまず考えられないからです(6ページ)」という点。これについては特に説明もなく、すぐに続けて「外国語の学習には母語が基本であることは、多くの外国語の達人が述べています」としています。

「言語の能力」という言葉で何を指しているかについて明確にした上で議論すべきだと思いますが、「外国語能力は母語能力を超えられない」というフレーズはあちこちで目にしますので、これについては改めて書いてみたいと思っています。

著者が本書で展開している言語能力については、私は日本語教育の中で学んだのではなく、海外での勉強・仕事・生活を通じて学んだものであり、それが日本語を使う際にも生かされていると思っています。
このようなテクニックは言語に紐つけられるものではなく、結果として母語に依存するものではないと思います。
と言いつつも、本書がターゲットとしている大多数の人は日本で日本語の環境にいるのでしょうから、そうした中で、日本語での言語能力を高めていこうとするのは、極めて妥当なアプローチです。

お薦めです。

外国語を身につけるための日本語レッスン白水社

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「翻訳はいかにすべきか」柳瀬尚紀著 岩波新書 [読むべし外国語学習]

知り合いに頼まれて、フランス語A4を1枚日本語訳しています。
いつもの金融経済関連なので、慣れた分野ではあります。
文芸翻訳に比べて文章のひねりが無く、また、意味が通れば良しという部分もあり、気楽にやっておりました。
そうした中、しばらく前に(ブックオフではなく)書店で買って詰んで置いた本、「翻訳はいかにすべきか」柳瀬尚紀著 岩波新書を読み始めました。
身の引き締まる思いです。

序文に引用された、三島由紀夫の『文章読本』の一節。
「一般読者が翻訳文を読む態度としては、わかりにくかったり、文章が下手であったりしたら、すぐ放り出してしまうことが原作者への礼儀だろうと思われます。日本語として通じない文章を、ただ原文に忠実だという評判だけでがまんしいしい読むというようなおとなしい奴隷的態度は捨てなければなりません」(本書での引用は旧仮名遣い)

日本語力の弱い私は、とても学ぶところの多い本です。
昔は日本語がもっともっと豊かだったと知らされます。

翻訳を志す方にお薦めです。

--------追加

読み終えました。

途中から「俺の翻訳が正しいんだ、あいつらの翻訳はここが間違っている」という話が多くなって、やや抵抗がありましたが、確かにそうだという部分は納得できました。

著者が若き翻訳志望者にお薦めするのは、吉増剛造、加藤郁乎、吉田健一。(85ページ)
いずれも私は読んだことがありません。

また、著者が学生時代から何度も(原書と訳文を首っ引きで読んだのが)、「フランドルへの道」クロード・シモン著 平岡篤頼訳 白水社 (34ページ)
これはブックフェアで買いました。

もう一つ面白かったのは、堀口大學の引用。翻訳好きの堀口は
「詩をわがものにするには、原作にフランス語の着物を脱がせ、一度裸にした上で、これに僕の言葉の着物を着せる以外の手はないと気づいた」(114ページ)
単に単語を置き換えるだけではニュアンスが失われてしまいます。
これは翻訳に限らず、外国語/母語の切り替えの中でいつも問題になる部分です。

これまでも書いてきましたように、外国語で表現された外界の事象を、自分の中のその外国語のフィルターを通して受け入れてイメージを再構成します。それを今度は日本語のフィルターを通して日本語でアウトプットします。それにより最初と同じ外界の事象が再現できるかどうかです。
これらのフィルターを整備していくのがまさしく外国語学習でしょう。


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「『学ぶ』から『使う』外国語へ」関口一郎著 集英社新書 [読むべし外国語学習]

「『学ぶ』から『使う』外国語へ」関口一郎著 集英社新書を読んだ。
ブックオフで250円だったが、残念ながらそれ以下の価値であった。
慶應義塾藤沢キャンパスでコミュニケーション中心の発信型外国語を教えているということで興味深く読み始めたのだが、全くの期待はずれに終わった。

コミュニケーションの外国語を語るとき、鈴木孝夫氏のように、「外国のことを学ぶための外国語ではなく日本のことを発信するための外国語」という点から語る人もいれば、単に会話の外国語のことを指す人もいる。
これは鈴木孝夫氏に言及している箇所もあったが、内容は後者である。
しかも、その内容は「テーマを決めて独り言を言う」ということのみである

そんなことは私は20年以上前からやっているし、シュリーマンは100年以上前にやっているし、ロンブ・カトーやピーター・フランクルも書いている。
いまさらそのことを述べる為に本を一冊書くというのは書く方も読む方もムダである。

そうした中でかろうじてメモに値するのは

・「外国語会話」を私はおおまかに三つのものに分けて考えている。「旅行会話」、「社交会話」そして「コミュニケーションのための会話」である。(80ページ)
これは先日読んだ市川力氏の「『教えない』英語教育」に出てきた、子供英語、大人英語に当てはまるのであろう。

・LL教育の失敗(155ページ)
外国語を活用する脳と、LLのような短期記憶・反復の脳では使う場所が違うのでトレーニングにならないと言うことらしい。

・表現ノート(166ページ)
テーマ毎に一枚のルーズリーフを使って、関連する単語をどんどん絵のように発展させて書き込んでいくもの。これは日本でも二、三年前から紹介されるようになってきたマインドマップであろう。
これはなかなか良いアイディアであると思う。

とは言いつつも、最近は楽な方に流れて読み聞きばかりで、書いたり話したりしていないと反省させられたという点では、価値があった。
9月のガイド試験に向けて頑張らねば。
ハローから出ている日本的事象300選をマインドマップ式の単語帳でふくらませていくのは良さそうな感じである。うーむ。時間が足らないのが問題だ。


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